『一番印象に残った夢』≪最深刻的梦≫ 「一番印象に残った夢」というテーマで生徒に作文を書いてもらったので、私の場合は、ということで書いてみよう。
いつも感動していたいと思うし、意義のある人生を生きたいと思う。
人助けは意義ある人生の一つの形だし、人を感動させるに値する行為である。
2011年の日本の地震で大連から来た研修生を優先的に逃がして、自分は犠牲になった日本人工場長がいた。
10年ほど前の東京では線路に落ちた人を助けようとして自分も犠牲になった韓国人留学生がいた。
私の故郷の大阪でも4年前に上海人の留学生が河で溺れている子供を助け日本政府から表彰されている。
こちらは助けた男子学生は命を落としていない。だが溺れている人を助けようとして逆に自分が犠牲になるという例は枚挙にいとまがない。とても危険な行為なのだ。
彼は普段から義侠心を持つ人だったのだろう。
自分もその場にいあわせたなら同じ行動を取れるだろうかなと漠然と考えたある夜、夢を見た。
デパートの中にいた私は突然「火事だ!」の叫びと警報を聞いて逃げようとする。だが多くの人が出口に殺到するので身動きが取れない。
私は必死で前の人を後ろに押しやり自分が先に逃げようとする。
そこで、夢の中のもう一人の自分がまるでドラマのナレーションのように語り掛ける。
「やっぱり無理だ」
また別の状況に私はいる。
詳細はよくわからないが、とにかく誰かが命を懸ける覚悟なら、相手は助かるのである。だが問題はその助ける相手の年齢である。
すでに90歳を越えた老人なのだ。
ナレーションはまた語り掛ける。
「あとどれぐらい生きられるのか。それでも助けるのか」。
トルストイの小説「罪と罰」は似た命題を扱っている。主人公は強欲な高利貸しの老婆を殺害し、法廷で弁明するのだ。
自分のほうが社会に貢献できる。自分が生き永らえるべきなのだと。
あまりに荒唐無稽な夢を見て、起きてからその夢の解釈が気になることが時々ある。だが夢の意味がはっきりし過ぎというのも厄介なものである。
未だにこの二つの状況への良い対処が思い浮かばない。
コメント