ぐっばいまじっくもんきー

・・舞台の幕が上がるとそこは赤茶けた砂の大地が広がる西アジアの一風景。奥行きのあるセットの遠くに石仏らしきものがぽつんと立っているが長い歳月を経てそれはもはや風化しつつあるようにも見える。
やがて若き仏僧が登場,質素な着衣をまとった彼は誰かを探しているかのように舞台をしばらくさまよい歩く。
「悟空よ!悟空,どこにいる!」
彼は空の彼方を仰ぎ,流れる雲から何かを見つけだそうとしていたがやがてふいに我にかえると地にしゃがみこみため息をつく。
「いや,私はなにを口ばしっているのだ。あの乱暴者で単細胞の石猿はもうここにおらぬのに。この天竺の地へ辿り着いた時にあの者の役目は終ったのだ。 なにを今さらあのエテ公に助けを求める必要などあろう」
若い僧,姿勢を正して数珠を握りしめ目を閉じ瞑想の態勢に入ろうとする。
それに応じるかのようにどこかから風に乗り流れてきたのは仏法の読経,しだいに大きく力強くあたりに響きわたる。
若い仏僧,それをBGMに自分に語りかけるように独白する。
「三蔵よ」
彼は自分に問いかけた。
「お前はとうとう天竺へ辿り着いたのだ。あの3匹のケモノたちとはるばる旅をしてようやくこのインダスの河のほとりへとやってきた。
見よこの流れる大河とそこに生まれたオアシスの都市を。
人々は豊かな生活と外敵のなき平和を享受している。これこそまさにお前が望んだ極楽浄土ではないか。 けれどけれど・・」
しだいにフェードアウトしてゆく読経の声,かわりにかぶさるのはエキゾチックな異俗の祭のにぎやかな楽曲の音。
(舞台に流れるBGMは時にロック,時にヘビメタ,時に歌謡曲,ド演歌とこれでもかというほど俗っぽいのが交互に現れる)
「これはいったいどういうことだ。この地の人々は繁栄の中でさらにまた刺激を求め,充足ということを知らぬのか。
なんだあの耳をつんざくエレキのビートは,なんだあの退廃的な演歌のうなり声は,なにが北へ帰るカモメ見つめ泣いていましただ。」
「悟空よ」
彼は再び空の彼方を見つめる。その時舞台の背景いっぱい,夕焼け雲と一緒に浮かび上がるのは孫悟空のお馴染みのシルエット。
三蔵いきなり自分が悟空のしぐさを真似してこう言う。
「しょーがねーなー,ったく世話のやけるお師匠様だぜ」
架空の如意棒をふりまわしとんぼ返りをうち,しばらく猿の真似を完璧にこなしていた三蔵,今度もいきなり気がつくと放心したように呟く。
「はっ,私はいったい何をしているのだろう・・・」


「私はもしかするとあの途方もなく長くつらかった旅を懐かしみノスタルジっているのだろうか。おおそういえば」
三蔵,ふところから一通の葉書を取り出す。
「羅刹女(らせつじょ)からこないだ暑中見舞いが来ていたのだ。あのおばさんも今はすっかり丸くなって牛魔王との夫婦仲も良いらしい,なになにその節はたいへんお世話になりました。 その後おかわりありませんかだと,いやはや一度は私を喰おうとしていたやつが,えらいかわりようだ。
金角と銀角などはあれから私が観音様に情状酌量のコネつけてやったのに感謝して中元にボンレスハムとウイスキーの詰合せなどを贈ってくるしなあ。 あいつら私を破戒坊主にするつもりか,まったく。」
羅刹女からの葉書を見ているうちちょっと涙ぐんだ三蔵,ぐっすんぐっすんといかにもそれらしい擬音を発して鼻をすする。
「ああ、あの狂暴だったバケモノ達,極悪な妖怪ども,道徳のかけらもない鬼の軍団が今となってはたまらなく懐かしい。やつらは少なくとも嘘はなかったぞ。
うわべも悪ければ腹の中までも真っ黒だった。なんと純粋だったろうか」
舞台の端に照明が当たるとそこにはセーラー服を着た羅刹女,詰襟学生服の牛魔王と金角大王,銀角大王が一緒に肩を組み「これが青春だ」などオールディーズ青春ソングを合唱している。 やがて黒子がいかにも芝居の小道具然とした「夕陽」を上にかかげ移動すると一緒にわざとらしく白い歯と牙を見せながら笑い,くちぐちに「あの夕陽に向かって走ろうよ!」と叫びながら舞台のそでに消える。
大勢が舞台からいなくなってからも聞こえる明るい健康的なまるでコカコーラのコマーシャルのような笑い声。しかししだいにそれも小さくなり再びもとの三蔵一人きり。
「若いというのは素晴らしいことだ,数万年も寿命のある彼らはまだたった700才にしか過ぎない。なんと早くも人生中盤にさしかかった私には彼らの若さがまぶしく思える。・・いやこれは悟りを開くものにあるまじき嫉妬か。」
嘆息する三蔵に更においうちをかけるように暗く照明が落とされる。
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「この地の王宮で供されたありとあらゆる歓待。けれど彼らは私を仏道の使徒としてではなく只、大唐帝国の使節とし錯覚しているに過ぎないのだ。 あるまいことか彼らは仏を崇めると同時にバラモンやヒンズーにキリスト,イスラム果ては金目教と節操なく祭っておる。
えーいまっことここは宗教の混沌,無法地帯,墓場だ。仏教徒がクリスマスイブは知ってても釈迦の命日をしらんとはいったいどういうことだ。お前ら本当は日本人か」
砂嵐に朽ちかけた石仏が崩れさる音が三蔵の耳を引き裂く。
ここで流れるBGMは中島みゆき。「冷たい別れ」のインストゥルメンタルメロデイー。
「あなたが探していたのはあなたの求める仏教ではなく、仏教を求めていた頃のキラキラ輝くあなた・・。」
三蔵知らず知らず替え歌を口ずさんでいる。
「釈迦が生まれてより千有余年,私が後にした国の唐では本当の経典を求め今も多の求道者が待ち焦がれている。 そして今や私はそれを手にした。けれど国法を破って長安を旅立ったあの日の危険な興奮はもう薄れ,残るは予定された帰国のスケジュールとマスコミ主導の凱旋パレードだけだ。 三蔵よお前はそんなものを求めてあの険しい道のりをやってきたのか。
ドラゴンクエストを制覇してファミコンの電源を切った時でさえもう少しの余韻があろうに。 どうして予想し得ただろうか。一寸先も見えぬ闇夜の道のりのほうがその後に続く安定よりも輝いていたなどとは」
三蔵は再び愛弟子の名を呼んだ。
「悟空よ、もう一度旅をしようあの頃へ。もう一度妖怪を退治しながら火炎山を越え八戒や沙悟浄と共に西をめざそう。悟空,新たな冒険を始めるのだ。
なーに経典は  心配いらぬ。お前がその毛を一本抜き私の身代りをつくればすむことだ。その身代りが皇帝の待つ長安の都へ届けてくれるであろう。」
「悟空よ,悟空,どこにいる・・」
台詞は最初に戻る。
三蔵が悟空の名を呼びながら舞台後方に消えると突如,京劇の効果音が始まり,この一場面のためだけに招かれた北京国立京劇団の精鋭役者演じる孫悟空が中央から登場,大勢の手下をひきつれてひとしきり舞った後,さっと見栄を切る。
彼らが去った後,舞台はスポットライトが金斗雲を模して縦横に飛び回る。
..終劇。

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