外教日記其の三《成語と諺》

サロンや会話練習でゲームをして驚いたのは、今の中国の若い世代は会話の中で「成語」を使わないという事である。
私が若い時に湖南人の先生から習ったのは《会話の中に成語を入れて『事の真髄』をなるべく短い言葉で表現する、それがきれいな中国語なんですよ》という事。
あれからたった30年程度で中国語の常識が変わってしまったのだろうか。中国の若い者どうしが会話やCHATで成語を使うととっても変な感じらしい。
対して日本人は今でも諺を多用する。それは世代を問わない。 例えば少し前の日本のテレビドラマ『今日から俺は』はあまり頭の良くない高校生が主役だ。主人公の国語(日本国語)の成績も良いとは思えない。
けれどそんな主人公が「井の中の蛙になんじゃねえ!」などの諺を台詞にしても我々は全然不自然な感じを受けない。バカな高校生でもその程度の比喩は使うだろうと納得する。
(そんな台詞があったかどうかは知らない) もちろんこれは中国語の“(不要)坐井观天”である。
どうしてこんな違いがあるのだろう。中国語会話では不自然、でも日本語会話では自然。
考えてわかった。
中国人は“成語”を厳然と“成語”と意識して、日常会話と区別しているのではないだろうか。
対して日本人にとって「成語」と「慣用句」或いは「比喩」の境界は不明確である。加えて日本語は省略化も激しい。
例えば日本語の「蛇足(だそく)」は本来中国語の“画蛇添足”に相等する言葉だが、今では誰もが「蛇足」の二文字だけですましている。
「そんなの蛇足だって、しなくていいよ」などは普通の会話表現である。
つまり日本人は成語に関する正確な知識が無いから逆に成語から派生した諺や慣用句も躊躇なく使えるということだ。
私のように中国の“成語”にハマってる日本人としてはもっともっと中国人の使う“成語”を聞きたくて仕方がないのである。

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